事の発端は、9月末に瑣用で京都に行ったついでに、京都伊勢丹の紫野和久傳に立ち寄ったことでした。
そこで見つけた1枚のハガキ大のリーフレットがこちら。
こだわりのお米の稲刈りを体験させてもらえて、交通手段とお昼も出してもらえて、無料だなんて、全くありえないような贅沢なツアーです。これは行くしかない。すぐに電話で予約し、日程調整と交通や宿泊の段取りに取り掛かりました。
せっかく自腹で京都に行くなら、他に調査しておきたかった場所もあるのでついでに見て回ろうと、いつものように欲張り気味に旅程を立てた結果、
・木曜23:40発の格安夜行バスで都内を出発
・金曜の早朝に京都着。そのまま京都を終日観光して、夜は格安ゲストハウスに宿泊
・土曜は朝から稲刈りツアーに参加
・解散後しばし時間を潰した後、土曜0:30京都発の格安夜行バスで帰る
という、三十路(ほぼ四十路)にあるまじき強行軍となったのでした。
その顛末はまた今度に譲るとして。。。
今回は、和久傳さんの稲刈りツアーがどんな様子だったか紹介したいと思います。
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集合は土曜朝8:00京都駅前。快晴の秋空が眩しい、爽やかなお天気に恵まれました。
八条口だけでもバスの停車場が幾つもあり、迷いながらも携帯電話でお店のスタッフの方に連絡を取り、なんとか無事に合流することができました。
参加者は圧倒的に女性が多く、男性はカップル参加の方が多い印象です。全体の年齢層は若干高めで、女性のお友達どうしや、壮年の親子参加も目立ちます。
それでも、最若手は料理専門学校に通っているという将来の女流和食料理人の二人組でした。和食について学ぶ意欲が素晴らしく、その志にとても感心させられました。若い才能と意欲が知識や経験を吸収し、味の感覚や料理のレベルを上げていくことはとても素晴らしいことです。お二人の今後がとても楽しみです。
バスは少し定刻を過ぎて発車しました。ここから京丹後市にある和久傳の田んぼまでは、バスでなんと2時間半もかかります。
バスが発車すると、 高台寺和久傳のおかみさんである桑村ゆうこさんからご挨拶があり、本日のアテンドをしてくださるお店の若いスタッフたちのご紹介がありました。
おかみさんによると、お店の方々で自ら農業を始めたきっかけとしては、食に携わる立場として農業のことをきちんと知っていかなければと思い、コシヒカリを7〜8年作ってみたことからだったそうです。その際に、完全無農薬の大変さを知ったとのことでした。
その後、縁があり、伊勢湾台風で1株だけ残ったコシヒカリの苗にイセヒカリと名付けられた苗もみを譲ってもらえる機会があり、それからイセヒカリの本格栽培を始めたとのこと。作り始めて4年になるとのことでした。昨年は収穫したお米で初めてお酒を作ったそうです。
今回は、5月に田植えを行った稲の稲刈りです。お店の方がたが稲作を始めて1,2年目は、田植えと稲刈りだけを主にしていたそうですが、それでは自分たちが育てたとは言えないんじゃないか、と一念発起し、今では毎週スタッフが交代で早起きして草抜きを2時間半ずつ続けているそうです。そうやって苦労して育てたお米だとの説明がありました。
ご挨拶が終わると、アテンドのスタッフさんたちから「しばしごゆっくりおくつろぎください」と言われ、バスの揺れにうとうとと身を委ねて約1時間半。
11:00頃になり、ようやくバスは、目的地付近の川上村にさしかかりました。このあたりまでくると京都市内とは全く景色が異なり、どこの家の敷地内にも畑が付属しているようです。
平面ではなく起伏があって美しい景色。快晴のせいもあり、輝くような緑。家々も、大きな古い木造家屋が多くて、古いながらに端麗な木目が美しいです。
布袋野という交差点から側道に入り、11:10頃にようやく目的地に到着しました。
このあたりは、鹿や時には熊が出るような山里です。近くに無明の滝というのがあるらしく、水や空気はとても澄んでいます。晴れ渡る秋の空が高く、清々しい景色に満ち満ちていました。
バスが到着すると、参加者の面々はバスから下車し、徒歩で3〜5分ほどの圃場まで歩きました。道端の側溝には、ものすごい勢いで清流が流れています。おそらく雪融け水。さらさらいう水音が耳に心地よく、透明な水流が目にも心地よい。
そして、辿り着いた圃場は、黄金の稲穂が青空に映える美しい景色。
稲の刈り方を実演で教わり、一人ずつ鎌をもたせてもらって、圃場へ入場します。各自、位置に着き、端から人海戦術で稲を刈って行きました。
大人数で取り組んだためか、始めてから1時間もたたずに全ての稲を刈りつくし、後には稲の切り口も鮮やかに、根元だけが残る光景が広がっていました。
その後、刈り取り中や束ねる作業中に落とした稲穂がないか、落穂拾いを行います。大切に育てたお米を一粒たりとも無駄にしないように。昔は誰でも当たり前に行っていた仕草だと思います。
今回の稲刈りでは、鎌を使って手で刈り取った稲を一掴みずつ稲穂を根元に巻いて束にし、稲木干しをしました。これは、束にした稲穂を二つに割って逆さまにし、又になったところを横に渡した竹に掛けて干すものです。
今では稲は機械乾燥が多いので、こうした手作業での稲刈りや稲干しは珍しいと伺いました。
このように、すべて手作業での貴重な稲刈り体験をさせていただきました。
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稲刈りが終わるとお昼なのですが、その前に、この辺りの美しい景色や他の圃場を少し見せてくださるとのことで、参加メンバーのうち希望する人たちがトラックの荷台に乗り込みました。
全員が座れるスペースはなく、荷台の淵にしがみつきながら狭い面積にお尻を押し込める人が5〜6人、トラックの屋根につかまって立ったまま風を切る人が4〜5人といった感じです。
山里を害獣から守るために設置された柵を開け、軽トラックでガタガタ道を走ること約5分。無明の滝を鑑賞しました。
柵を開けてすぐの辺りに鹿の親子が佇んでおり、こちらを伺っていました。
自然豊かな山里ゆえの景色です。しかし、住民にとっては単に可愛い動物というわけではなく、野生動物に農作物を荒らされる被害は相当深刻だということでした。
それゆえ、稲の圃場や畑などには、周りを一周囲むように、電気が流れる柵などが取り付けてあるのです。
滝を見た後は、再びトラックの荷台に乗り込み、戻るといよいよお待ちかねのお昼ごはんです。
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農作業の前に、ながぐつや帽子を借りるために立ち寄った農家さんの敷地内の庭で、快晴のもとでのランチです。
用意されていたのは、美味しいお米のおにぎりに、和久傳特製の何種類もの野菜のお惣菜。謹製のちりめん山椒も小皿に用意され、ご飯が幾らでも食べられそうです。
それなのに、美味しい特製カレーを、これまた美味しいピカピカのお米にかけた物が振舞われ、何から手をつければ良いかわからないほど幸せな状態でした。カレーもご飯もお代わりがありますよということで、みんなお代わりをしていただいていました。また、お酒がOKな大人には、日本酒も用意してくださっていました。
締めには、見目美しい葡萄となしの水果がたっぷりと。屋外の農家のお庭みたいな無造作な場所で、紙皿で無造作にいただいていますが、これは相当高級な果物と思われます。木からもいできた、珍しい生の棗(なつめ)もいただきました。
みんなでお腹がいっぱいになるまで美味しいお昼ごはんをいただき、幸せな気持ちです。なお、各テーブルで残った物は図々しくも基本的に全て、ラップなどに包んで、持ち帰らせていただきました。持ち帰った満願寺とうがらしやほうれん草のお浸し、ちりめん山椒で、帰宅後すぐの晩酌が豊かになったことは言うまでもありません。
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お昼ごはんが済むと、参加者の面々は再びバスに乗せていただき、今度は和久傳さんの新工場見学に向かいました。
新工場、と言っても、読み方は「こうじょう」というより「こうば」が相応しいように思いました。作業している様子を実際に見れば分かりやすいですが、多くの作業が、手作業で行われているようです。
レンコンのデンプン製の有名なお菓子である西湖を、手で笹の葉に包んでいる人たち。全国へ発送するための箱詰めや宛名貼付を手作業でする人たち。
また、このタイミングでは稼働していませんでしたが、そもそもお菓子や佃煮を作るのは、この工場内の調理室のような部屋にある鍋です。そこに料理人が立って、お菓子やお料理を作るのだそうです。
全て手作業とは言いませんが、これだけ全国区になっても、職人の手作りや、お客さんとの人と人のやり取りのようなものにこだわる姿勢を感じ取りました。
それから、ほぼ隣の敷地にある、和久傳ノ森を見学しました。
今でこそ森のような木々が生い茂っていますが、実はここは以前、更地だったとのこと。ここまで森が育つには年月と人の努力が相当込められているのだと思います。
敷地内には、ミョウガが自生している湿った日陰の場所があり、誰も取らないでほったらかしだから、時間の許す限りとって行っていいですよ、と言われ、調子に乗って10個ほどのミョウガを持ち帰らせてもらいました。
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バスに戻ると、後は帰るだけなのですが、もういちど冷たい桑茶と、冷えた
名物菓子の西湖が振舞われました。すぐそこの工場で作り立ての西湖は、いつもより一段と美味しかったです!
途中、トイレ休憩とお土産購入の機会を兼ねて、京丹波のドライブインで休憩を取り、その後、京都駅の八条口にむかってバスは渋滞に巻き込まれながら遅々と進みました。
ようやく京都駅についた時には、予定時刻の18:30を1時間以上は過ぎていましたが、最後には、和菓子のお土産までいただいて、解散しました。
大大大満足の稲刈りツアーでした。リピーターの方多いのもうなずけます。
今回は、優遇されてお得、という以上に、いろいろな得るものがありました。
例えば、全国区になって有名になっても、全自動工場の方向には向かわず、工房は工場ではなくあくまで工房として運営する姿勢。鍋釜があって、作業台があって、機械が皆無ではないが、人が手作業していました。
また、和久傳の森は、更地から20万本の苗を植樹して、10年たって木がだいぶ育ち森になったもので、木の根元にはみょうがが自生しているほど自然化しています。
食べ物を作るということをちゃんと追求すると、木を切り倒して大規模工場を作るのではなく、むしろ田畑で植物を作り森を作って動物が生きる場所を作るところに行き着くのかもしれないな、と思いました。
大量生産、大量消費、大量廃棄の方向に向かわないよう、材料からこだわって丁寧に高付加価値なものを作って無駄にしないで食べきる。そのことがまた高付加価値になる。そういった高付加価値循環のあり方を垣間見られた気がしました。
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