形や数が揃わず、雑魚扱いで市場に流通しない地魚を活かした、魚市場内の食堂に行ってきました。
場所は、長崎県佐世保市の相浦(あいのうら)です。
佐世保魚市場は、周辺に五島列島や九十九島といった複雑な地形に恵まれた漁場があることから、豊富な魚種や漁獲量に恵まれた魚市場となっています。
東京で暮らしていても、デパ地下の魚売場などで長崎産の魚が売られているのを目にする機会は結構あります。
タイ、アジ、ヒラメ、ヒラス、ブリ、イサキ、カツオ、イカといった一般的な魚介類の他、サザエやアワビ、ナマコ、小値賀や小佐々のウニや、九十九島の牡蠣も有名ですし、ウチワエビ、アラカブ、マテ貝などといった東京では見たことのない魚介類も、現地では豊富に流通しています。伊勢エビなどもキロ単価が安いと感じます。
さて、相浦は、佐世保から松浦鉄道かバスで30分ほどの場所に位置しています。
相浦魚市場は、駅を降りて住宅街を10分ほど歩いた海べりの一帯にあります。
もったいない食堂は、市場の事務所などが入るビルの中にあり、もともとは市場内の職員向けの食堂でした。10年前にリニューアルオープンした際、せっかくなので一般の人にも食べて貰いたいと一般公開されたそうです。
私がこの食堂のことを知ったのは、どこかのレンタカー屋でたまたま目にした、こちらのガイドブックの記事でした。
美味しい魚が食べられる食堂として紹介されていましたが、他の食堂と違って目を引いたのは、「地元主婦による食堂スタッフが知恵とアイデアで「雑魚扱い」の魚介をおいしい料理に変身させる」という一文でした。
佐世保に行ったらぜひここに行ってみたいと、前々からチェックしていたのです。
訪れたのは、寒風吹きすさぶ12月。
駅に降りたったのは私一人、市場まで10分ちょっと歩く間も人影はなく、車通りは少々あるものの、かなり殺風景な街並。
入口近くには、鯨肉を扱う海産物店の看板と小屋。これも海県・長崎県らしい光景かもしれません。(鯨肉はスーパーでもよく売られています。)
敷地の入口には警備員が立っていますが、歩いて来る客は珍しいのか、じっと見られました。
ずかずかと敷地内に入っていくと、左側に外来者も買物OKの海産物市場、右手に事務棟の建物があります。右手の建物の前に、「もったいない食堂」の看板が出ていました。
建物に入ると正面にホワイトボードの看板があり、本日の日替定食と書いてあるので、営業しているとわかりました。メニューが書かれています。魚の絵が可愛い。
電気が点いておらず暗い館内に、巨大水槽。この辺で獲れる魚たちが筒状の水槽内をぐるぐる泳いでいます。
入口から続く幾つかの看板の案内に従い、「もったいない食堂」まで道を辿っていくと、エレベータで上階に上がり、長い長い廊下を進んだ奥の、これまた一本道を折れた、非常にわかりにくい場所に、食堂は存在していました。
ガラス扉を押し開けると、左手にカウンターがあり、右側に客席があります。
客席は天井が高く、二面が窓になっていて、相浦魚港の海が見えます。
完全に社員食堂の雰囲気。私が訪れた午前10時過ぎには、他のお客は誰もいませんでした。
まずは左側のカウンターで注文をします。食券などはなく、その場で料金を支払って、トレーを持ってカウンター前に立ち、白い割烹着姿の職員さんから差し出されるお皿を自分でトレーに載せていきます。
今日のメニューは、カマスのフライ、肉豆腐、カブの酢の物、刺身、ご飯、味噌汁。お茶はメラミンの湯のみに自分でお茶マシンから注ぐ方式です。
盛り付けられた料理を見ると、食器もメラミンだし、一見おしゃれでもなんでもない、食堂の配膳、といった雰囲気。
箸を取って頂いてみると、味付け薄めで、いろいろなものがちょっとずつあって、体に良さそうなご飯だなーという感想。
そこに、職員の福田さんが話をしに来てくださいました。
定食をいただく箸を一時止めて、詳しくお話を伺いました。
福田さんは、先述の雑誌記事にもお名前が載っていた、この食堂の草分け的な方です。
来てくれるお客さんに、体に良いものを食べさせたいという想いで、仕入れ方法を考えたり、化学調味料は使わないという方針を立てりした方だということでした。
カウンターで注文をする時に、「私は食品ロスについて研究していて、できたらこちらの取り組みについてお話を聞きたい」とちゃっかりお願いしておいたのです。
お仕事中に話しに来てくださるとは思っていなかったのですが、まだお昼まで間があり、お客さんが少ない時間帯だったこともあってか、かなりみっちり、1時間近くも色々なお話を聞かせてくださいました。
伺ったお話をかいつまんで以下に記します。
・リニューアル以前は、職員向けにいくつかのメニューを出していたが、例えばハンバーグが好きな人は毎日ハンバーグばかり選ぶなど、食べるものが偏ってしまう。家庭でもそうだとしたら、せめてお昼だけでもバランス良く食べてもらいたいので、日替わり一品の定食方式にした。
・材料にはこだわっている。魚は、下の魚市場でセリにもかからないような珍しい魚や雑魚などを、捨てないで持ってきてくださいとお願いして、安く買って仕入れている。温暖化の影響で沖縄など暑い所の魚が入ってくるようになった。漁師さんも、回転寿司に使われるようなメジャーな魚は売れるが、珍しいものは扱いづらい。そこでそれらを安く買っている。
・10年前は雑魚は余って捨てていたが、今は珍しい魚でもインターネットで都会に販売するスキームができて、捨てられることはなくなった。食堂運営会社が珍しい魚のインターネット販売も行っている。
・相浦漁港には、巻き網船、ごち網船、近海船、釣り船など様々な種類の網があるので、インターネット販売が発達しても、食堂に来る魚が足りなくなるようなことはない。
・今日の刺身は、キッコリという魚を軽く炙ったもの。大きさは40センチほどもあったものを、この食堂でさばいて、定食に供している。
・野菜に関してもこだわっている。無農薬、有機栽培のものを農家から直接買っている。形の悪いものはあるが、値段が安いということはない。土づくりから苦労して作っている野菜で、大量生産じゃないので形はまともじゃないが、形が悪いことは誰も気にしていない。
・調味料は全て無添加。そして、食堂で出している食事のおよそ98パーセントが手作り。一日中料理を作っている状態で忙しい。残りの2パーセントも、会社で開発して業者にお願いして作っているドレッシングなどで、学校給食などにも使われている。
・食材使い切りのための工夫としては、材料の転用をよくやっている。例えばポテサラを作ったら、マッシュポテトを若干残しておいて、サイコロ状に丸めておいたものと潰した里芋を合わせてカリカリに揚げてコロッケにするなど。
・食堂なので、足りないと困るので少し多めに準備はしているが、余らせないように和えるのをギリギリにしたりしている。例えばほうれん草を茹でたものがあまれば、翌日の朝の味噌汁の具にする。そういうわけで、味噌汁の具は朝と午前中遅くで変わることも多い。メニューも、定食1品にしているが、品切れになって途中でメニューが変わることもある。
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食べる人の体のことを考えて、愛情を込めて手作りする。しかも、こだわってつくられた野菜などの食材を少しも無駄にしないよう、使い回しを工夫して、料理の手間で補っているのです。
料理のほとんどを手作りしているからこそできる、臨機応変な対応がポイントではないかと感じました。
「キッコリ」は、コリコリした歯応えがあり、炙っていることもあって脂少なめの、さっぱりした白身でした。
また、甘いキャベツの千切りとコールスロー、カブの甘酢和えは、力強い野菜の味が際立ったとても美味しい料理でした。
こんな食堂が近くにあったら毎日通いたい。
遠くて実際にはなかなか行けないので、せめて「食材を無駄にしない」、「ちゃんと手作りする」、「バランスよく食べる」、「臨機応変に使い回す」といった、もったいない食堂で行なわれている工夫を少しでも真似て、食生活を豊かなものにしたいと思いました。
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